- 香り成分は化学物質。香りを嗅ぐ=体内に化学物質を取り入れている。
- 鼻からだけじゃない!皮膚や口から入って肝臓を通るルートもある!
- 体内の酵素やアレルギー、血圧にも関与することも。
一部の香り成分には、薬の代謝や作用に影響を与える可能性があります。
特に、精油や香りの強い製品を日常的に使っている方、そして服薬中の方は、少し注意が必要です。
「香りは無害」「天然だから安心」――そんなイメージの裏側には、見逃されがちなリスクも潜んでいます。
薬剤師としての視点から、香りと薬が交差するポイントについて、わかりやすくお伝えします。
香りは本当に無害?まず知っておきたい基本の話
香りを感じる仕組みと自律神経系
私たちが「いい香り」と感じるとき、それは空気の中にあるとても小さな成分(揮発性有機化合物と言います)が、鼻の奥にある“においセンサー”に届いて反応しているからです。
このセンサーがキャッチしたにおいの情報は電気信号になって、脳にある“気持ちや記憶をつかさどる場所(大脳辺縁系)”にすぐに伝わります。
たとえば、ラベンダーの香りで気持ちが落ち着いたり、レモンの香りで気分がすっきりするように感じるのは、脳がその香りを感じて、体に「のんびりしていいよ」「少し目を覚まそう」とサインを送っているからです。
そのサインのやり取りを行っているのは、交感神経(覚醒)や副交感神経(のんびり)からなる自律神経系という仕組みです。
香りの正体=化学物質。天然でも合成でも影響ゼロではない

香りの正体は、空気中にふわっと広がる「揮発性有機化合物(VOCs)」という種類の物質です。
精油や香料はこのVOCsが主に含まれていて、空気中に広がりやすく、鼻に届いて「におい」として感じられます。
「有機化合物」と聞くと少しむずかしそうに聞こえるかもしれませんが、
これは簡単に言えば「炭素を含んだ小さな分子で、空気中に蒸発しやすいもの」のこと。
ラベンダーに含まれる「リナロール」や、柑橘系の「リモネン」などもその一つです。
また、「天然の香りだから安全」「合成香料は体に悪い」といったイメージを持つ方もいるかもしれません。
でも実は、天然か合成かに関係なく、香りの成分はどちらも化学物質です。
香りは、「いいにおい」で私たちを癒してくれる存在ですが、
使う人の体質や使い方によっては、まれに肌に刺激を感じたり、においに敏感に反応することがあります。
つまり、天然・合成に関係なく、どんな香り成分も“体に影響を与えるもの”であることに変わりはないということ。
それを少しだけ知っておくだけで、より安心して香りを選べるようになります。
香り成分の取り込まれ方
香りは、ただ「におい」として感じるだけでなく、体の中にほんの少しだけ取り込まれることもあります。
たとえば、アロマを焚いたときに空気中に漂う香り成分は、呼吸と一緒に体の中に入ります。
すると、その一部は肺の中の細かい血管からほんのわずかに血液の中に溶け込んで、全身へ運ばれることがあるんです。
量としてはごくごく微量ですが、香り成分が体の中にも届くことがあるというのは、知っておいてほしい事の一つです。
また、香水や精油を肌に塗った場合も、成分の一部が皮膚から吸収される可能性があります。
これも同じく微量ですが、毎日たくさん使ったり、肌が敏感な人は影響を感じやすくなることもあるかもしれません。
つまり、香りは「においとして楽しむ」だけでなく、
ほんの少しずつ体にも取り込まれることがある。
だからこそ、使うときには量や使い方に気をつけることも、香りと上手につきあうポイントなんです。
香りと薬に関係性はある?薬剤師の視点から見る注意点
一部の香り成分は代謝酵素(CYP)に影響する可能性
香り成分の中には、私たちの体内で薬を代謝(分解)する酵素に影響を与える可能性があるものもあります。
たとえば、グレープフルーツやベルガモットに含まれるフラノクマリン類という成分は、
「CYP3A4(シップ・スリーエーフォー)」という酵素の働きを弱めることが報告されています。
このCYP3A4は、簡単に言うと体の中で薬を分解して体外へ排出する手助けをしてくれる存在です。
ですが、フラノクマリン類がこの働きを弱めると、薬の分解が遅れて、体内に長く残ってしまうことがあります。
要するに薬が排出されず、効きすぎてしまって副作用などのリスクが高くなる可能性があるということです。
実際に注意が必要とされるのは、
ただしこれは、ジュースなどで大量に摂取した場合や精油を経口で使った場合などに主に指摘されているものです。
芳香浴やディフューザーでの使用といった通常の範囲では、臨床的な影響はほとんどないとされています。
とはいえ、薬の量や種類、体調によっては影響を受けやすい方もいるかもしれません。
「香りが薬の代謝に影響する可能性がある」ということだけ、知識として覚えておいてもらえたらと思います。
経皮・吸入での微量吸収と体内反応の可能性
香りは「におい」として楽しむだけでなく、わずかに体の中に取り込まれて影響する可能性もあります。
これは、香り成分が肺や皮膚を通じて体内に入り、血流に乗って全身を巡るためです。
たとえばアロマを焚いたとき、空気中に広がった香り成分は呼吸と一緒に体に入ります。
そのごく一部は、肺の毛細血管から吸収されて血液に取り込まれることが知られています。
また、精油を肌に塗るアロママッサージなどでも、成分の一部が皮膚から吸収されることがあります。
これらの成分は、少量でも肝臓などで代謝される可能性があるため、
薬を代謝する仕組みと重なる部分があるのも事実です。
さらに、香り成分が体に触れることで、
アレルギー反応や気道への刺激が起きることもあります。
とくに、喘息や化学物質過敏症のある方、においに敏感な方などは、
香りによって頭痛や咳、皮膚のかゆみなどの症状が出ることもあるため注意が必要です。
もちろん、これらの反応はごく一部の方に限られますし、
通常の使い方で健康な方が強い影響を受けることはほとんどありません。
でも、「香りがほんの少し体に入ることもある」「人によって感じ方に差がある」
そうした前提を知っておくだけでも、より安心して香りを取り入れることができると思います。
市販の香りアイテムも!注意したいケース
柔軟剤・芳香剤・アロマ…重なりすぎると感作リスク
現代の生活には、実は想像以上にたくさんの香りがあふれています。
たとえば――
これらの香りはすべて、化学的には「香り成分(VOCs)」が空気中に重なり合っている状態です。
1つ1つは心地よくても、いくつも重なることで、思っている以上に体が刺激を受けていることもあります。
さらに、嗅覚は「慣れ」が起きやすい感覚です。
同じ香りに長時間さらされると、脳が「これはもう気にしなくていい」と判断して感じにくくなる(順応)という性質があります。
すると「香りが足りない」と感じて、さらに香りを足してしまう――
そんな“無自覚な重ね使い”が起きやすくなるんです。
香りの感じ方には個人差がありますが、
匂いに敏感な方や、頭痛・めまいや耳鳴り・眠気・肌荒れを感じやすい方は、この「気づかないうちの負荷」に要注意。
「香りが多すぎるとかえって疲れる」というサインに、体が気づいていることもあります。
香りを楽しむつもりが、いつの間にか“香り疲れ”になってしまわないように。
時には、香りのアイテムを“引き算”してみるのも、香りと上手につきあうコツです。
香害という言葉もあるくらい、香りに敏感な人がいる
最近では「香害(こうがい)」という言葉が使われるようになってきました。
これは、香水や柔軟剤、アロマなどの日用品の香りによって、
頭痛・吐き気・喉の違和感など、体調を崩してしまう人がいるという問題を表しています。
においの感じ方は人それぞれで、まったく気にならない人もいれば、少しの香りでも不調を感じる人もいます。
とくに、化学物質過敏症(MCS)やアレルギー体質の方などは、
強い香りや複数の香りが重なることで、思ってもいなかった体の反応が出ることもあるようです。
こうした背景を考えると、「いい香りだからもっと使いたい」と思ったときでも、
自分だけでなく周囲の人の体調にも配慮することが、香りを楽しむうえでとても大切です。
ペットにとって“いい香り”とは限らないことも

私たちにとって心地よい香りでも、犬や猫、その他のペットにとっては強いストレスや体への負担になることがあります。
動物は人間よりもずっと敏感な嗅覚を持っているため、
アロマディフューザーや香りの強い柔軟剤などの使用によって、
香りの刺激にさらされ続けるだけで体調を崩すこともあるのです。
特に猫は、肝臓の代謝機能が人間と異なっており、
一部の精油成分(フェノール類・ケトン類など)をうまく分解できないと言われています。
犬や小動物も、香りの強い空間に長時間いることで、
元気がなくなったり、食欲が落ちたりすることがあるといった報告もあります。
もちろんすべての香りがNGというわけではありませんが、
ペットと一緒に暮らしている場合は、香りの選び方や使用量にいつも以上に気をつけてあげたいところです。
ペットがいるご家庭では、以下のような香り成分に注意が必要です。
柔軟剤やディフューザーなど、意外と身近な製品に含まれていることもあります。
✔ ティートゥリー
…消臭スプレーやナチュラル系ミストに多く、犬猫の中毒症状(ふらつき・けいれんなど)の報告あり。
✔ ユーカリ
…掃除用グッズや抗菌系製品に多く、特に猫は肝臓で代謝できず、体調を崩すことも。
✔ シトロネラ
…虫よけ芳香剤やアウトドア系製品に多く、小動物や猫への刺激が強いため注意。
「天然成分=安心」ではないことを知っておくと、香り選びの幅も広がります。
無香料という選択肢も、香りを楽しむことのひとつ
「香りを楽しむ」っていうと、つい“いい香りを足すこと”をイメージしがちだけど、
あえて香りを足さない=無香料を選ぶことも、じつは立派な選択肢のひとつです。
とくに、家族に香りが苦手な人がいたり、ペットがいる家庭、
職場や学校など香りの強さに気を遣う場面では、
「香りを控えること」も、周囲への思いやりとしてすごく大切だったりします。
また、無香料の空間って、香りを取り入れるときの“ベース”としても優秀。
香りを重ねすぎてわからなくなってしまう…ということも防げます。
「無香料=我慢」と思わずに、
“香りを引き算して楽しむ”という考え方もあるんだ、と知っておくと、
香りとのつきあい方にもっと自由が広がるかもしれません。
香りと“ちょうどいい距離感”を見つけていこう

香りは、暮らしを豊かにしてくれる素敵な存在です。
でもそれは、「正しく知って、上手に選ぶ」ことで、はじめて安心して楽しめるものでもあると思います。
この記事が、香りとのつきあい方をちょっと見直してみるきっかけになったり、
「なるほど、知らなかった!」と思えるような発見がひとつでもあればうれしいです。
香りと薬。香りと体調。香りと人間関係。
いろんな場面で“ちょうどいい距離感”を見つけていけるように、
薬剤師として、そして香りを愛するひとりとして、これからも情報を発信していきたいと思っています。
参考文献
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